どうもこんにちは G です。
今回は評価を下げる一言を言わない為にということについてお話したいと思います。
目次
バカだと思われるのが怖いなら知っておくべきこと
たった一言で評価が決められてしまう事実
人間というのは、不用意な一言で自身の評価を下げてしまうことが結構あるんですよね。
一部の方は「そりゃそうだ」って思われるでしょうし、別の方は「それはちょっとキツ過ぎない」とか「なんか大変だな」とか思われると思います。
しかし、事実、家族でもない大人の人間関係においては、人と人が接している時間は短いので、その僅かな時間に交わされるやり取りが、その人の評価の全てを決めてしまうわけです。
だから、そこで不用意な一言を放ったりすると、もしくはそういう行動を見せると、その人の評価が決まってしまうんですよね。
これはもうしょうがないというか、当然のことなんですよ。
例えばですけど、料理を一口食べた時にまずかったら、それは一口で「まずい」って評価するじゃないですか。
良いところや美味しい部分もあるかもしれないとか思いながら、一通り全部食べてもらったりはできないですよね。
もう一口で判断しますよね。同じことなんですよね。
不用意な一言、不用意な行動が、その人の自分自身の評価を決定づけてしまうんですよ。
だからそのワンミスをしないために非常に気を付ける必要があるんですけど、意外と多くの方が不用意な一言で、自分の評価を下げているんです。
しかも厄介なことに本人はそれに気付いてないことが多いんですよ。
それは非常にもったいないというか、まぁ見ていて痛々しいので、今回はそれをテーマにお話しようと思います。
評価を下げる一言とは
具体的にどういう言葉が評価を下げるかということなんですけど、以前の私の話で「時間がなくて、やるべきことができませんでした」っていう人がいて、
私は時間がないって言うなら、寝なかったんだろうな、飯も食わなかったんだろうなと。
寝る時間もある、飯を食う時間もある、風呂に入る時間もあるのに「作業する時間がありませんでした」というのは、それは通らないぜみたいなことをお話したと思うんですよ。
そういうことをある人にも言ってみたんですね。
するとその人からの返事が「仰る通りです。本当にもう何も言うことはありません。私が悪いんです」と。
「ただ今回は不幸(亡くなった)が重なってしまって、すごくその人と関係が深かったので、傷ついてるんです。だからその手厳しい言葉、すごい心が痛むんです」みたいな返事が来たんですよね。
これもすでに評価を下げちゃってるんですよね。
つまりどんな事情があろうと、やる人間はやるわけですよ。
どうしても事情があってできなかったら、「できませんでした。ごめんなさい」って頭を下げればいいわけなんですよ。
それで終わりじゃないですか。家族じゃないんだから、こっちは。
ビジネス的な世界において言えば、ビジネスを一緒にしているのは仲間であろうと、お客さんであろうと対等な関係ですよね。
最初は頭を下げたわけですけど、後で「こういう事情があって、そしてあなたの言う言葉で私は心が痛いです」みたいな、何で分かってもらおうとするのか、言い訳がましい自分の気持ちはこうなんですという押しつけを入れてくるのかって見えるんですよね。
だってその一言いらないじゃないですか。「仰る通りです。私の脇が甘かったです。これから努力します」でよくないですか。
そしたらこちらも「まあ色々あるでしょうけど頑張ってね」で終わるじゃないですか。
そこになぜ最後に不幸が重なってどうのこうの、自分の心も痛いですどうのこうのみたいなこと言う必要があったのかと思っちゃうんですよね。
それはもう家族にでも言っときゃいいんですよ。聞いてくれる人に言えばいいんですよ。
でも迷惑をかけた相手にそれを言っちゃうと「その言葉の意図はなんだ。理解して欲しいのか?許して欲しいのか?言い訳したいのか?」っていう風にとられてもしょうがないじゃないですか。
つまり言葉には意図があるはずなんですよね。
何か言葉を発するということは、その言葉を通じて何かを理解して欲しいとか、感じて欲しいという希望(目的)があるはずなんですよ。
だからそういう希望を押し付けてきてるのが透けて見えるから、気持ち悪い発言になっちゃうんですね。
そんなのは、グッと飲み込めばいいんですよ。
できなかったのは自分なんだから、それを許してもらおうなんて思わなくていいわけですよ。
一例ですけど、そういうのがそうですよね。
バカだと思われるのが嫌なら変えるべきこと
知らないことは知らないと言う
他にも人に教わる時に「よく分からないので教えてください」とか「知ってるつもりでいたけど、ちょっと自信がないので教えてください」って言えば、まあ正直というか素直じゃないですか。
だけどそういう時、○○さんが言ってたんですけどとか、本で読んだことがあるんですけどって言ってから、「一応教えてもらえますか」みたいに言うタイプの人がいるんですよね。
なんか「それ知ってますけど、念の為言ってもらえます?」みたいな。
結局、向こうはそれを知りたいわけじゃないですか。
自分は知りたい聞きたいのに何も知らない自分だとは思われたくないから、つまらないワンクッションをそこに入れてるんですよね。
自分は一角の人間だ、自分はそれは知ってるんだ、けど向上心があるから、もっと学びたいから、特別に聞くんですよみたいな意図が透けて見えるわけですよ。
でもそれが透けて見えた瞬間に「あ、こいつバカだな。プライドだけなんだな」っていう風に思われるじゃないですか。
でも本人はそれに気づいてないんですよね。
こういうのは深読みすればいくらでも言えるんですけど、やはりたくさんあるんですよ。
事実は事実として認める
例えば、しばらく連絡を取ってなかった人に連絡する時に「しばらくご無沙汰してました」っていう風に言えば気持ちがいいのに、
なんか「◯◯だったので、あなたに連絡取れなかったんですよ」みたいな事情というか言い訳から入る人って結構いるんですよね。
でも事情とか理由っていらないじゃないですか。
連絡が取れなかったという事実は変わらないんだから、普通にご無沙汰してましたって言えば済む話なんですよね。
そういう風に評価を下げる一言を放っちゃう人というのは、なんか自分を分かって欲しいとか、自分を高く見せたいとか、心理的に自分を守るとか、そういう風なものが凄く働いてるんですね。
それが言葉を通じて、相手に伝わってしまうから、「こいつは自分のことばっかり考えてる小さい奴なんだな」という風に評価されてしまうわけです。
事実として、事情はあったかもしれないけど、そういう風な発言をすると、相手が気持ち悪い言い訳をしてるなって受け取るだろうということを想像できない、その人の馬鹿さ加減が一番気持ち悪いわけなんですよ。
賢い人というのは、自分の言葉がどのように受け取られて、その結果どのように評価されるかをきちんと言葉を発する前に自分で分かってるんですよね。
だから不用意な言葉を言わないし、変に分かってとか、構ってみたいなことは言わないわけなんですよ。
だけどそこまで頭が回ってない人間が、自分をよく見せたいが故に、よく見えるであろう見栄を張る言葉だとか、そういったことを出してしまうんですよね。
だからなんか中途半端なんですよ賢さが。つまりバカなんですよね。
自分の中では、ちゃんとやってる、目的を達成する為に必要なことをやってるつもりになってるだけで、それが逆効果であることに気付いていない愚かさが、伝わっていることに気付かないといけないわけです。
いつの間にか嫌われない為にやるべきこと
そうならない為には、やはり大人の人間関係においては、分かって欲しいとか、自分を偉く見せたいとか、そういった感情をグッとこらえる。
事実は事実だからと思って、素直に謙虚に生きる。その上で言葉を選んで喋る。
そしてその言葉を受け取った相手が、どのように解釈するだろうっていうことにも心を巡らせることが、非常に重要となります。
これができないと、一角の人間同士の仲間に入れないんですよね。
やはりグループ分けというのを人間は無意識にするじゃないですか。
そういうときに不用意な言葉を放つような人間は、そのコミュニティに入れてやらないんですよ。
そういう人は集まりとか飲み会の時にも誘われないんですよね。何か良い情報があった時も、そういった人にはわざわざ教えないんですよ。
そうやって優秀な人から距離を置かれていっている。
もしくは会社の中で言えば、上司から出世コースから外されている、評価が下がってるということに本人は気づいていない。
そういう恐ろしいことになってしまうので、気をつけましょうっていうことです。
じゃあ今回は以上となります。ありがとうございました。
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