成長したいならコレをしろ!自分を成長させる2種類のモノサシ


どうもこんにちは G です。
今回は人は足し算で見ろ、自分は引き算で見ろということについてお話したいと思います。

自分を成長させる2種類の基準

ビジネスに限らず、何かを考えたり見たりするときに基準ってあると思うんですよ。

その基準というのは、価値観だったり考え方だったりするわけですけど、評価基準もそうですよね。

人を評価する目線っていうのはどうしてもあると思うんですよ。

つまりこの人は優秀だとか、この人は忘れっぽいとかね。

この人がミスが多いとか、そういう評価基準っていうの持っていることが悪いとは言わないんですけど、

その評価基準というのは2種類あるべきだと私は思うんですね。

他人に対しては、足し算目線。いいところをピックアップしていって、いいところを積み上げていく。

こんないいとこもある、そんないい所もある、という風に見て、相手の人物像を評価するというのがポイントだと思うんですよ。

一方で、自分自身に対しては、引き算目線。これもできない、あれもできない、それもできない、だからもっと頑張らないといけないという目線。

この他人に対しての目線と自分に対しての目線を使い分けるのが、自分自身を成長させる、そして人との良好なコミュニケーションを取るために重要なひとつのやり方だと私は思います。

他人は足し算

この相手と自分を見るモノサシを変えないと、結局自分と比べて優秀か優秀じゃないかとか、相手と比べて自分はどうだっていう話にしかならないんですよ。

そうすると、自分の知っている身近な人間とだけ比べて、「もう自分はまあまあできてるから頑張らなくていい」って思っちゃったり、自分を基準にして「世の中バカばっかりだ」って思い込んでしまうとか、ちょっと偏った評価になっちゃうんですよね。

ところが人間の能力とかできる事っていうのは、よく言われるレーダーチャートみたいにいろんな方向性のものがあるわけじゃないですか。

例えば仕事は早いけどコミュニケーションが下手だとか、コミュニケーションが下手だけど、すごく人に優しいとか、正直であるとか、何か一つのモノサシでは語れないのが人間ですよね。

そうなった時に、全て自分というモノサシを基準にして、相手のここがいい、ここが悪いっていうジャッジをしちゃうと、結構悪い方に目がいっちゃうんですよ。

そうすると、その人を悪く思ってしまうし、当然それが相手に伝わるので、良好な人間関係にはなりづらいんですよね。

さらに言えば、人間は自分より下だと思う人から学ぶということがないんですよ。

だから自分よりいいところがあるな。他人には自分に無い良いところがあるなっていうところに目を向ければ、どんな人からでも物は学べるんですよ。

学べば学ぶほど自分は成長できるんですよね。

そしたら、たとえミスが多かったり仕事ができない人であっても、「あいつは優秀じゃないから論外だ」って思ってしまうのか、

でも彼はこういう良いところを持っている。だから自分はその良いところを見習おう、取り込もうって思うのか、同じ人に対する接し方が変わるだけで、自分自身が得られるものが変わるわけじゃないですか。

だから他人に対してはそうやって足し算思考することで、自分自身がレベルアップできるんですね。

自分は引き算

一方で、自分自身に対しては引き算というのは、人間は基本自分を甘やかしてしまうし、自分自身の思考を正しいと思い込む癖があるので、自分自身を下手に肯定してしまうとそこから伸びなくなるんですよ。

だから自分自身に対しては、これもできない、あれもできない、こんなに劣っているっていう風に考えて、「だから自分はもっと頑張ろう」って思うことが大事になるわけです。

ただ間違えないで欲しいんですけど、すごくメンタルの弱い人とかが、ただ自分を責めるだけとか、悩むだけっていう形でこういう風に考えてしまうと、うつ病になってしまいますよね。

これも以前にお話していますけど、悩むという行為は、自分自身で解決策をもたらせないことを考えて、リソースを消費することなんですよね。

それはやっちゃいけないわけです。

1分以上1つのことでぐちゃぐちゃ悩むのは、絶対しちゃいけないことなんですよ。

自分が考えるべきは、脳のリソースを使うべきは、「それに対して自分が直接手を伸ばして何ができるだろう」って考えることが大事なわけです。

つまり解決策を見つけることが大事なんですよね。

その思考パターンを前提とした上で、自分は劣っている、自分はもっと頑張らなきゃって思えば、これから自分はどのように学ぼうか、どういうところを見習おうか、どういう風に改善していこうかって思えるじゃないですか。

そしたらその人は伸びていけるんですよね。

だから自分をひたすら責めろとか、自分はひたすらマイナス思考でっていうと、なんか本当に心の弱い人は壊れてしまいそうなんですけど、

それは全て問題解決思考ありきで、そういう風に思うということは間違えないで欲しいと思います。

たった一つの正解を求めない

他の物事においてもそうなんですけれど、たった一つの基準や価値観で、自分も相手も世界も全て同じように捉えると、すごくうまくいかないことが多いんですよ。

でもみんな絶対の正義とか正しさとかをすごく求めてしまうんですよね。

そのモノサシというのは、家の中では通用するけど家の外では通用しないとか、ビジネスにおいては通用するけど人間関係には通用しないとか、

そういう不完全なものであることがほとんどなんですよ。

世の中はよく似ているけれど微妙に違うとか、一見そっくりだけど本質が違うこと。

こういった目に見えない本質の違いというのが、最終的な成果とかを大きく分けたりするんです。

例えば「お経」ってありますよね。

お経を読むことができる人、これはお経を丸暗記すれば誰でも出来るようになります。

ところがお経を読む意味を理解していること、なぜお経を読むのかっていうことを自ら中でちゃんと理解しているかどうか、これは目に見えない部分ですよね。

お経を読み上げる行為行動そのものは、それがあろうがなかろうができちゃうわけです。

だけど、やはり最終的なものとして、ただお経を覚えていて、ただお経が読めますよっていう音、メロディーを口から吐くことができるだけの人と、なぜお経を読むのか、なぜ読まれる側は、今お経を読んで欲しいと思うのかっていう意味とか人間感情まで理解した上で、お経を読む人間。

それはやはり世の中に与える影響とか、それを受け取る側の心情とかは大きく変わってきますよね。

だけど、表面的にやってる行為は一緒なんですよ。

だけど見えない部分、その人の頭の中で違うだけで、やはり全て全く違うものになるんですよ。

こういう風に、やはり本質理解がなされているかなされていないかっていうことによって、同じようなことをするとか考えるってことでも、全然結果は変わるんですね。

だからここをより良い人生のために理解してほしいと思うんですよ。

その一つの例として、今回のモノサシの話。

一つのモノサシが全てに使えると思わないこと。そして自分を育てるという観点においては、人を評価するモノサシと、自分を評価するモノサシは真逆のものを使った方がいいということをお話ししました。

では今回あは以上となります。ありがとうございました。

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