同じことを言われるのはなぜか?無能だと思われない為に気を付けること

どうもこんにちはGです。
今回は、同じことを言われるヤバさに気付けということについてお話したいと思います。

何度も同じことを言われる理由

ダメな人がやってしまうこと

私の知り合いは、セミナーをする際に『知ってる』と『できる』は別だから、もし知っている話があったとしても自分がそれをできているかを考えて聞いてください」みたいなことを話すんですね。

これはもちろん大事なことだと思うんですけど、こういう風に言われると、できてない人間ほど「しっかり聞かせようとして、こういうこと言ってんだな」という風に解釈しやすいんですよ。

できてない人間ほど、なんか聞かせる為にちょっといいこと言ってんだなとか、納得できそうなこと言ってんだなって受け取りやすいんですよね。

でも実際、私もよくセミナーやるわけですけど、できてる人とか優秀な人ほど、たとえ自分が知っていたり、できていたりする内容でも、しっかり聞くんですよね。

ちょっと立場を変えて考えて欲しいんですけど、あなたが上司の立場だったら、部下に対して同じことを何度も言う、同じような説明を何度もするのは、どういったときなのか考えて欲しいんですよ。

これは大体その部下ができてないからですよね。

もう部下がちゃんと分かってて、できてたら同じことを言わないじゃないですか。

もしくは本人はできてるつもりだけど、できてないから同じことを言う羽目になるんですよね。

だからセミナーとかでもそうなんですけど、「また同じことを話してるな」っていう風な状況になったときは、それは自分は全然できてないという証明みたいなもんなんですよね。

少なくとも相手はそれができる人だと思ってないってことなんですよね。

今日言いたいのは、それに気づかないと本当にヤバいっていう話なんです。

つまり「『知っている』と『できる』は違うから、できるようになるまでしっかり聞いてください」みたいなのは、すごい綺麗な言い方ではあるんですけど、こんな綺麗な優しい言い方しても大体の人はわかんないわけですよ。

ダメな人ほど分からないんですよね。

だからそういう人に本当に知って欲しいこととしては、少なくとも目の前にいる講師とか上司とかアドバイスをする人は、あなたがそれをできると思ってないから、実際できてないから、同じことを言ってきているんだと。

だからそれを言われている自分の客観的評価はそうなんだ、という風に受け取らないといけないんですよね。

いつの間にか老害になってしまう

そういう風に受け取れる人は、同じことでも何度でも聞くし、何度でもそれを聞く度に自分の姿を見直して、もっと自分を高めていけるんですよ。

だけど、できてると思っている人間は、「あ、また言ってる」とか「しつこいなー」とかそういう風な感じで、「それ知ってるよ」という態度になってるから、もうそこで話が終わってるし理解も終わってるんですよね。

そこが問題なんじゃなくて、少なくとも周りの人は、社会は、あなたのことをそのように評価してるという風に受け取らないと、自分の客観視ができてなくて、いつまでたっても低い評価から抜け出せないわけです。

自分はできてる、分かっている、頭が良いと思ってるけど、実はみんな低い評価をしている現実から抜け出せないことになるわけですよ。

大人になればなるほど、誰もストレートに「アンタはできてるつもりだろうけど、できてないよ」とか「頭悪いよ」とか言ってくれないじゃないですか。

上司なら言ってくれるかもしれないけど、それでも仕事以外のことは当然言ってくれないし、言うときも上手に言ってくれるとは限らないですよね。

だから若いうちはバンバン叱られて、自分を磨き直すチャンスはあるわけですけど、年を取ってくると、自分を叱ってくれる人がどんどん減っていく。

そうすると、誰も叱ってこないから自分が正しいという勘違いをしてしまう。

特に会社の中で地位が上がったりして立場が上がって行くと、ますます誰も自分を叱ったりしないから、自分のやってることが許される、少々遅刻してもいいんだとか、そういう風な勘違いをし始めちゃうんですよね。

その結果、最終的には嫌われる老害になっていくわけじゃないですか。

だからいろんな機会、いろんなチャンスに自分自身の評価という外的な「客観的な評価」を知る必要があるんですよね。

その一因として、目の前にいる人が自分に向かって投げかけている言葉は、イコールその人にとっての自分の評価なんだと。

自分がどんな評価をされているか知る方法

だから凄く分かりやすく簡単な言葉で向こうが説明してくれたとしたら、ある意味、こいつはこのレベルで説明しないと分からない奴なんだろうなって思われてるわけです。

逆にある程度、意を汲まないと理解できないような難しい内容とかをそのまま喋ってくれてたら、それは向こうの説明がちょっと下手なのか、もしくはそれぐらい分かる人だろうっていう風に思われてるわけですよ。

つまり相手の口から出てくる言葉は、イコール自分の評価であるという風に捉えて考えれば、少なくともこういうことは気をつけないといけません、こういうことは大事ですっていうのを言われた瞬間に「あ、これはできてないっていう風に見られてるんだ。だからこんな風に言われてるんだ」って取らないと、本当に成長もできなくてヤバいですよっていう話なんです。

実際、私もセミナーとかやってますと、立場が上の人ほど、そういうのを真剣に聞くんですよね。

もう会長をはじめとして、常務専務みたいな役職の上の方の人は、もうすごくしっかり聞くんですけど、なんか地方の支店のトップぐらいの人だと、意外とちゃんと聞いてない人がいるんですよ。

地方のトップとかは肉体労働もあるので、疲れているとかもあるんでしょうけど、「あ〜それ知ってる〜」みたいな感じで、休みながら聞こうみたいな感じが見えてくるんですよね。

でも結局、上の人ほど聞いているわけですから、これは鶏が先か、卵が先か、みたいな話になってくるかもしれませんけど、ちゃんと聞く人間だからその上の立場にいるんじゃないのと。

ほどほどの立場になった瞬間に「知っている、分かっている」という態度で聞かなくなってるから、あんたは地方トップ止まりなんじゃないのっていう風に思っちゃうわけですよ。

そういう風に思うから、こっちもそういう風な人間に対しての話し方をしちゃうんですね。

そうすると、例えば本当にレベルの高い話とか、本当に大事な話というのは、しっかり聞いてくれるトップの人間とかにはバンバンするわけですけど、適当に勉強会の時間の間、セミナーの時間の間を流して聞いてるような人に対しては、そんな話は当然しないわけですよ。

逆にもうどうでもいい会話で、コミュニケーションだけ取って終わるんですよね。

それすらも、ある意味「この程度の会話でいい」っていう風なジャッジじゃないですか。

コイツとはこの程度の会話をしてコミュニケーション取っておけばいいだろうって思われちゃってるわけですよね。

もちろん、何の意図もないとか、コミュニケーションの為っていう会話もあるでしょうけれど、ある程度、歳もとって立場も上の人間が、どうでもいい会話って中々しないんですよ。

一個一個に意味があったりするんですよね。

やはり相手の口から出てる言葉は、自分の評価だと思って、自分自身を高める材料にしなきゃいけないし、できている人ほどそれをやってるので、そういうところを意識して、ちゃんと学んでほしいと。

同じことを言われてしまう人が気を付けること

意味のあることを増やす

なんか自分から例えばセミナーに参加したいってお金払って来てる人は、やっぱり聞くんですけど、会社が用意してくれてるとか、無料でもらった情報とか、そういう風な自分自身が痛みを発生させずにもらってる情報ってすごく雑に聞く人多いんですよね。

結局、「それ知ってる」だけを増やしちゃんですよ。

それも知ってる、これも知ってる、結構知ってる、良かった、みたいな本来の趣旨と全然違うところの着地点を得てしまって、結局なんの役にも立たないことになるわけですよね。

それは全く意味がないので、特にこの意味がある、意味がないというのは、今の時代一番大事なんですよね。

今、少々ビジネスに失敗したからとか、少々お金がないからって、即飢え死にするとか、怪我の治療も受けられないってなかなかないじゃないですか。

だから生活の最低限は担保されてるんですよね。

さらに言えば、エンターテインメントとか、そういった楽しむものなんて、スマホ一台あれば、もう動画も見れる漫画も読める音楽も聴ける。

結構なんでも手に入るんですよね。

無駄なことをしてる暇はない

逆にそういったものが、どんどん満たされた時代に唯一自由にならないものが時間じゃないですか。

時間だけは限られてて、時間だけは増やせないんですよね。

で、自分の時間を増やそうと思うと、そこに大きな他のリソース、例えばお金とかがかかるわけですよね。

だから時間の使い方、チャンスを活かす、そういったことはすごく大事であって、その為には無駄なことをしてる暇はないよっていうことです。

だからこそ、せっかく与えてもらった情報とかチャンスとか学びというのは、うまく使わないともったいないですよっていう話でもあります。

それでは今回は以上となります。ありがとうございました。

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