仕事が「丁寧で遅い人」と「雑で速い人」どちらが成功できる?


どうもこんにちはGです。
今日は巧遅か拙速かというお話をしたいと思います。

巧遅と拙速はどちらが良いのか?

昔の言葉で「巧遅は拙速に如かず」というのがありますよね。今のビジネスの世界とか、意識高い系の世界では、この言葉は「巧みにやる代わりに時間がかかってしまうより、少々拙くても速くやる方がいいよ」という意味で使われていると思います。

元々この言葉は誰が言ったとか、実はその人は言ってないとかの話は置いておいて、実際のところ巧遅と拙速はどちらがいいのか?というお話をしたいと思います。

まずどちらが良いのかは、意見があると思います。

いくら速いからといってもバカみたいな仕事を持ってこられたら、それを監督する人にとってみれば、手直しに時間がかかるし教える時間も増えるから、そんなの止めて欲しいと思うかもしれない。

もしくは本人は上手い、良い仕事だと思っているけど、周りから見たらまだまだというときに、時間ばかりかけられたらその分よくないかもしれない。

だからそれはやる本人の問題なんじゃない、となりがちだと思います。

結局、どっちがいいのか言えない話になっちゃうんですけど、もう少し考ると、まず拙速が許される前提条件があると思うんですよ。その前提条件というのが、大きく3つあると思います。

拙速の仕事が許される3つの前提条件

1.拙速が許される状況なのか

1つ目は、そもそも拙速で仕事をすることが許される状況であること。どういう状況かというと、提出した仕事に対して手直しをするチャンスとか時間があるということですね。

拙速というのは、ちゃんと手直しとか修正が発生しても対応できるから速い方がいいという話ですけど、そもそも社内のチェックができない場合がありますよね。例えば完全にお客さんに納品してしまうとか、一般公開してしまうとかです。

そういう後でどうこうすることが許されない状況において、速く拙いものを上げましたって凄く意味がないじゃないですか。それが最終版になってしまうわけですから、納品物のレベルが低いということになって終わってしまうので、それは許されない状況ですよね。「速くて拙い」がそもそも許される状況かどうか、というのが一つ目の前提としてあって、そうでなかったら当然やるべきではないです。

2.最低レベルのクオリティなのか

2つ目はその拙さが最低レベル以上のクオリティを持っているかどうか。速ければ拙くてもいいみたいにすぐ拡大解釈してしまうと、箸にも棒にもかからないみたいなレベルの低いものを持って来るやつがどうしても出てくるんですね。

例えば「できました!」と素早く持ってきたものが、「あれお前、ここ間違ってるじゃない」みたいなひと目見てわかるようなミスも直さないまま持ってこられたら、凄くそれは早いだけで時間的に無駄というか価値が低いんですよね。

だから拙いとはいってもそのレベルがちゃんと必要な確認はしているとか、パッと見てわかるようなミスは取ってあるような一定レベル以上で拙いという話だと思うんですよ。

自分の中でもっと良くしようと思って、時間を掛けて、考えて、練って、見直ししたわけではないけど、少なくとも現時点で、今の時間で許される範囲でちゃんとやりました、という物を拙いと言っているだけだと思うんですね。

この拙いけど速い、というのをレベルが低くてもいいと勘違いしてしまうと、また許されない話だと思うんですよ。

3.いつかは拙速を卒業できるのか

最後の前提条件は、その拙い状態もいつかは脱する、いつかは拙くなくなるという前提で、拙速をするということだと思います。つまり拙速の方が修正とか見直しができて、結果としては仕事が回りやすいからいいよというのは、言ったらまだまだ見習いレベルというか、これからの人の話じゃないですか。

例えば、企業の管理職やトップの人達が、ミスする前提でバンバン繰り返していたら、それは困ったことになるわけです。それが部下であったとしても、速い代わりにいつまで同じようなミスをしたら、同じような低いレベルのものを持って来るようでは、話にならないわけですね。

だから今のステージとか、今の能力としては仕方がないけど、いつまでもそれをやっているわけじゃない、いずれ卒業する前提でやっているのであれば、拙速も許されると思います。この3つの前提があるのであれば、時間がかかってそれなりのものを持って来るよりかは、素早くこういうのできましたと持ってきた方が、価値があると言えると思います。

さらに言えば、これは短期的な視点の話なんですよ。多くの人は「巧遅がいいのか、拙速がいいのか」という話になったとき、意外と一つのプロジェクトとか、一つの作業という単位で考えやすいんですね。

そうなると両方の意見もあるわけです。でも中長期的な長い視点で見た場合、拙速の人の方が回せるサイクルの数が多いんですね。

長い目でみたときの拙速の価値

一つの物を作り上げる、それに対してフィードバックを受けて修正する、その修正を何度か繰り返して完成させる。そうすると一つの小さなプロジェクトが終わるわけなので、次の仕事が振られるわけです。こういうものに対するサイクルが早いと、例えば1年とか3年とかの同じ期間の中でもやったことのある仕事の数や量が多くなるんですね。

ゆっくりやっている代わりに時間のかかる人というのは、その仕事はまあまあこなせているかもしれません。

でも与えられている時間の中で回しているサイクル数が少なくなるので、1年後、3年後になったときに絶対的な経験値が少なくなるんですよ。

そうなってくると仕事を頼む側にしてみれば、その仕事をやったことのある人とか、経験のある人に頼みやすいんですね。この人なら大丈夫だろう、という意識が働くわけです。

そういうときに色々な仕事をたくさんやっている人と優秀だと思うけどアレもコレもやったことがない人が並んでいた場合、どっちに任せたら安心かなと思うのは、たくさん仕事をしている人の方がやってくれそうな気がするんですね。

特に新しい仕事の場合、周りもたくさん速いサイクルで仕事をしている人の方が、仕事を振りやすいんですよ。それが良い循環になって、どんどん新しい仕事ができるわけです。

新しい仕事が入ってくると聞くと、労働者脳というか、サラリーマン的にやらされている脳の人は、そんなの嫌だなと、仕事が少ない方がいいと思うかもしれません。

でもゲームとかの経験値と一緒で、経験値が貯まれば自分はレベルアップするし、レベルが上がれば強くなるから、上の役職にもつけるし、収入も上がるという感じで、ラッドレース的な下の方の肉体労働から抜けるためには、自分のレベルを上げるしかないんですね。

その為には経験値となる色んな仕事をたくさんいい形でこなすしかないんですよ。だから「急がば回れ」じゃないですけど、労働漬けの毎日から逃れたいのであれば、その分たくさん仕事をしろってことなんですね。

そういう風に考えると、自分の能力アップをしてたくさん仕事をする、その為にはたくさん仕事を与えてもらうということが非常に重要なわけです。だから中長期的な目線で見ると、巧遅よりは拙速でサイクルを回した方が、結果としてその人自身の成功にもつながるし、その人に仕事を依頼している側のためにもなるということだと思います。

まとめますと、巧遅と拙速はどちらがいいのかは、中長期的に見るのであれば、そして3つの前提を満たせているのであれば、拙速の方がいいと思います。その方が成長に繋がるからです。

本日は以上になります。ありがとうございました。

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